インタビュー

スペシャルインタビュー 原 信夫<br> ジャズを愛し、ジャズに愛された男の人生よも呼べる名盤が、いま甦る<br> ファイナルコンサート2008-09の2008年11月2日東京文化会館での公演が早くもCD&DVD化!<br> 原 信夫とシャープス&フラッツ 『LAST FOREVER』(ラスト・フォーエヴァー) 収録曲・商品の諸詳細はこちら

■インタビュー/清水英雄 ■文・構成/北井優子 ■写真/江尻翼司 ■写真提供:原信夫音楽事務所

原 信夫
1926年富山県出身。海軍軍楽隊に入隊、音楽の基礎及びサキスフォンを習得。戦後まもなくプロに転向し、1951年、24歳でオーナー・リーダーのジャズ・オーケストラ「原信夫とシャープス&フラッツ」を結成。以後、国内外を問わず多彩な演奏活動を続け、ビッグバンド界を牽引。また、作曲家としてもすぐれた才能を発揮し、美空ひばりに提供した「真赤な太陽」を始め、多くのヒット曲を世に送り出した。同時に、若いアマチュア音楽家に対する支援団体「青少年ジャズ・ミュージック・サクセション」を設立し、クリニックを開催。勲四等旭日小綬賞、紫綬褒章、芸術祭賞、芸術祭優秀賞などを受賞。
また、 2009年9月8日 天皇・皇后両陛下のご成婚50年と即位20年を祝って、ジャズバンドとしては史上初となる御前演奏を行った。

日本で最高のビッグバンドとして、戦後日本のジャズ界を牽引して来た原信夫とシャープス&フラッツが引退を決定。最後の全国ツアーを展開中だ。同時に、復刻版のアルバムも次々と発売され、注目を集めている。

復刻されたアルバムは、躍動感あふれる当時の演奏が甦ったと評判ですね。

「知人からは”聴いたよ“という連絡をいただきました。音が非常によいそうですね。今は楽器のパートごとに録音してしまうけれど、昔はマイク1本、バンドのまわりをつい立てで囲み、同時に演奏して録音したものです。そのおかげで、生き生きとした音になっていたんじゃないかな。ただ僕自身は、自分のアルバムを聴くのが昔から嫌いなんですよ。聴くと反省ばかりしちゃいますから(笑)」

魅力的なひばりの才能と人柄にジャズがやりたいと言い出せず

原 信夫氏

原さんといえば、江利チエミさん、美空ひばりさんのバッグをやっていたことでも知られてますよね。

「チエミの伴奏をやったのは、本人からのご指名でした。14、15歳のチエミが、シャープでないとイヤだと言ったそうですから大したものです。ひばりのバンドをやるようになったのも、もとはチエミがきっかけなんですよ。ひばりのママが“たまにはお嬢の伴奏もやってよ”って言った時、“そうね、やってあげれば”って、チエミが調子よくいうから、引き受けることになったんです。ひばりのママは頭がいいから、一年先まで僕たちのスケジュールをおさえてしまう。そのせいでチエミと仕事ができなくて、“チエミと原信夫が喧嘩”と、マスコミを騒がせた事もありました。けど、結果的には、東京キューバン・ボーイズと組んで『さのさ』が生まれたのだから、世の中、何が功を奏するかわからないものです。

ひばりさんはどんな人でしたか?

「自分に厳しい人でしたね。どんな時でも本番と同じように歌うから、リハーサルが一回で済む。録音も同じ。彼女の歌は一発OKで、もう一回やる時はバンドやミキサーがミスした時だけ。それに耳がよくて、メロディじゃないですよ、ハーモニーを受け持った奏者が“あなた、あそこ間違えたわね”と言われてるのをよく耳にしました。周囲への気づかいも出来る人で、メンバー全員の名前を覚えて、名前で呼んでたし、食事にもよく一緒にいきました。そんな魅力的な人だったから、居心地はよかったけれど、ジャズが出来ないので困りました。ちょうどその頃、念願のニューポートからオファーが来たんです。ママもひばりも“原さんはいつでもアメリカね。でも、本場にジャズをやりに行くのだから、しょうがないわね”って送り出してくれました」

ニューポートのステージに出演 世界的ミュージシャンとの共演も

憧れのニューポート・ジャズ・フェスティバルはいかがでしたか?

「世界中のジャズマンの憧れのステージ、ニューポートからオファーが来たのは、本当にうれしかった。初日の昼の部でしたが、さすがにみんな緊張してました。でも、2曲目あたりから客もメンバーもノッて来て、最後にはスタンディングオベーション。そのため、夜の部にも出てくれという話になって。特別出演ですよ。山本邦山が尺八で『箱根八里』を吹き始めると、あたりが霧に包まれ、MCを担当していたビリー・テーラーが、“彼等が日本から霧を連れて来た”なんて、うまいこというもんだから大喝采。とうとう4回もステージに立ちました。この時のプログラムは、『ニューポートのシャープス・アンド・フラッツ』に収められているから、ぜひ聞いて欲しいですね」

世界中探しても、シャープくらい、数多くの一流ミュージシャンと共演したバンドもありませんよね。

「いつもジョークで盛り上げてくれたサミー・デイヴィスJr、いまも親交があるヘレン・メレル。通常、外人アーティストはピアニストかコンダクターを連れてくるんです。そうすれば、自分がやらなくても、僕たちに指示を出してくれますから。でも、2回目の共演からはシャープを信頼し、ピアニストを連れずに来てくれたトニー・べネット。新婚旅行を兼ねて来日したパティ・ペイジとは、一緒に横浜の美味しいイタリアン・レストランに行きました。まだまだ大勢いますが、これだけの有名人と共演できたことは、僕自身、誇れることだと思っています」

原 信夫氏

そんなビッグバンドの生演奏が、もう聴けないのは残念です。引退した後はどうされるおつもりですか?

「まずは、のんびりしたい。57年間、がむしゃらに走り続けて来ましたから。好きな舞台や映画も観たいですしね。ブラス・バンドをやっている青少年の指導や、スタンダード・ジャズの譜面の貸し出しは続けて行くつもりです。今は音楽学校でクラシックを学んでいる子が、ジャズをやりたいと言ってくれる時代。うれしいけれど、精神が伴わないと、それはやっぱりジャズじゃないんですよね。それにアメリカのジャズばかり追いかけるのではなく、もっと日本を意識した演奏も必要じゃないかと思っています。そんなジャズの魅力を、クラシックと同じように、次の世代へと伝えて行きたいですね」

原信夫とシャープス&フラッツのファイナルコンサートは、今年の夏まで続く予定。そんなコンサートの様子は、昨年11月2日のステージを収録したCDとDVDが発売されているから、そちらで楽しんでみるのもいいだろう。

原信夫とシャープス&フラッツ ツアー最新情報はこちらから http://www.haranobuo-final.jp/